スポーツ・運動と健康の関係 ~パート2~

今日の最も差し迫った健康上の問題といえば、肥満の発生率の増加である。より多くの子供達が肥満に分類されて、この超過した体重は、成人になっても結果として引き継がれて、健康の問題に直面することになる。

~パート1より続き~

BMJ(British Medical Journal)が強く感じていることは、教育は「学問的な部分」と「身体的な部分」をなくして完成できないということである。

次の記事は、最初の記事から1年以内に発行されたものである。当時、教育委員会のメンバーは議論を行っていた。Hawtry博士は、学術的なものを強調しすぎて身体的な活動を軽視していると。再び、BMJはスポーツと身体活動が重要であることをアメリカとイギリスの身体的な活動を対比して事例を出した。

「私達の間にある現在の風潮を小さな意見として扱ってしまうと、イギリス人はさらに人間らしさを失うようになり、身体的な能力は他の国よりも低くなってしまうだろう。大西洋をこえて見てみれば、健康で、陽気で、身体的にも健康なイギリス人が、簡単に血色の悪い、悲観的で、あごのやせ細ったアメリカ人になってしまうことがわかる。

そして、「もし、アメリカ人に運動を推奨しても、彼らは疑問しか抱かないだろう。アメリカの学生は、イギリスの学生がフットボールで身体を酷使したり、風の中でヨットをすることをおかしいさえと考えている。」

この点で、定期的な運動なしでは、アメリカに住むイギリス人は、病的で、イライラして怠惰になっていくということであった。アメリカでは運動の大切さというのは、ほとんど理解されていなかった。編集者は、アメリカ人の足の筋肉があまりにも欠いていることを指摘し、「特別な証拠なしにこの現実を暗示する事柄」であり、洋服の仕立て屋では、アメリカ人の身体用に洋服を再度デザインする必要さえあった。

これらのことを、1800年代の医学のライターがどのように感じているか言及している。

BMJの編集者は、公立の学校はどのように運動不足の問題と国民の健康増進の問題を取り扱うべきかを力説している。

「大学や公立学校では、若者向けのゲームやスポーツを行うべきとして、そして医療関係者は、現在の学校でプログラムは健康にとってよくない傾向であることを指摘するべきと考えている。」

この年代への良い活動という面(人間形成に関して)では、私達は運動や体育をしないとうことは教育として「構築」よりも「破壊」に近いと考えざる得ないということであった。「科学の達人」として熟達した人間にはなるかもしれないが、彼らは決して、勇敢で、健康であり、活発であり、仲間と外でのアドベンチャー的なものを好む人間にはなれないだろう。

終わりに、BMJの編集者は身体活動を犠牲にして学問的なものにだけ投資する考えに対して警告を発している。身体の健康を犠牲にして学ぶことは、健康の発達と自尊心、独立性という点で限界があるということである。

1800年の半ばに、医者は運動不足に対して警告している。これにも関わらず、公立学校での体育授業やスポーツの機会は、一定のレベルで年々減少している。それと同時に、肥満の増加と運動不足に起因する病気は増加している。また、自尊心や自立性の性格に影響を与えるという議論もある。最近の研究では、高校時代に何らかのスポーツを行っていた人たちは、成人になったあとでも、スポーツを行っていなかったクラスメイトよりもより健康で、アクティブであるということがわかっている。

BMJの編集者が言っていることは全て正しいのか?という疑問もある。運動不足や体育教育の不足が健康の問題を本当に引き起こすのだろうか?おそらく、何らかの影響はあるだろう。しかしながら、現代の経済社会においても、学校の体育教育が時間的に増加しているようには思えない。しかし、これこそが、地域のサッカークラブが、「ココロとカラダのバランスを教育する場」として、入り込んでいくべきところでもある。ココロとカラダの発達を大事にするスポーツクラブとして、「フィジカルマインド」とでも呼ぶべき、活発で、シャープで、回転の早い、アタマとカラダを形成する場として、サッカークラブが、健康増進の活発な活動を行う場として、そして生涯スポーツの場として奨励できるだろう。

 

References:

The Value of Physical Training, The British Medical Journal, 1 (26): 548-549, 1857.

Physical Education, The British Medical Journal, 1 (57): 91-92, 1858.

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Tags: リサーチ  
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Posted: 2012年04月30日 17:36

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